鬼束ちひろのインタビューが鳥居みゆき並にヤバイ
■活動再開から1年ちょっとたったわけですが。この1年どうでしたか?
鬼束:畳の目を数えてました。
■え? それは暇だったということですか?
鬼束:限界の向こう側。
■に、行った?
鬼束:畳というものを使ってね。
■それは精神的にすごくテンパってたということでしょうか?
鬼束:イライラする。
■イライラする?
鬼束:だからやさしい気持ちになる。
■畳の目を数えると?
鬼束:うん。まあウソなんですけど。うちに畳ないんで(笑)。そんな感覚。
■なるほど。先日お話を伺ったときには、活動再開に至るまでは引きこもり生活に近かったということでしたけど、それ以降、急に周囲があわただしくなってきて。4月にはワンマンライブもありましたが、今振り返ってみてどんなライブでしたか?
鬼束:ライブが終わったあとにじわじわ感じたんだけど、ステージの上は寂しいなと思いました。いくらピアノの音とか弦とかあっても、ひとりでステージで立つってすごく寂しい。自己陶酔じゃないですよ。ほんとに素直にそう思ったんです。
■昔は寂しさを感じたことはなかったんですか?
鬼束:うん。デビューして8年くらいだけどそう思ったことはなかったから。でも私はそう感じることはある意味レベルアップなのかな、ぐらいに考えてる。じゃなきゃやってられない。
■今回はライブDVDもリリースされますが、映像はもう自分で見ましたか?
鬼束:うん、見ました。出だしがかっこいい。映画みたいに上と下に黒幕がついてるんですよ。自分の顔も、鏡で見てる自分の顔じゃなかったから。生きてるのか死んでるのかわかんない、みたいな。
■鬼束さんはいつも歌ってる間はほんとに集中して、終わったら倒れちゃうみたいな、そういう感じですよね。
鬼束:もともと“疲れた”っていう感覚がよくわからないんですね。だから倒れちゃったりもするんだろうけど。
■ああ、普通は倒れる前に危ないなと思って、先に休んだりとかしますけど。
鬼束:誰もそんなこと教えてくれないもん。「おまえ今から倒れるぞ」とか言ってくれないから、ひとりで倒れるしかないじゃないですか。バターン! って。
■限界までがまんしちゃうんですかね。
鬼束:でもこんなこと言うのもなんだけど、本望ですね。ライブの後なら倒れてもいい。それぐらい、こういう言い方は嫌いだけど。賭けてる。ぜんぶ。
■ライブDVDの映像でその気合いが伝わるといいですね。
鬼束:うん、それもあるし、あと生々しい話だけど、ライブを見てない、チケット欲しくて見られなかったファンが、あのDVDを買って見てくれるっていうことが、すごくうれしいなって思いますね。
■新曲『蛍』を聴かせてもらったんですが、これ本当にいい曲ですね。
鬼束:そう言ってもらうのがいちばんうれしいです。ありがとうございます。
■奇をてらったところのない王道のバラードで、ただただいい曲だなと感じました。
鬼束:『蛍』では小説のような曲を書きたいなって思ってたんです。けっこう昔は感情たれ流しで書いてたこともあったけど、今回はちょっと俯瞰(ふかん)というか。「美」というものを念頭において書きました。だから自分で言うのもなんだけど、すべての単語がきれいだと思います。
■鬼束さんの言う「小説みたい」っていうのは、具体的にはどういうことなんでしょう? ストーリーがあるってことではないんですよね。
鬼束:よくわからない。
■でも確かに感情むき出しではなく、世界があって、それをていねいに歌っているという感じはしました。そういう理解でいいでしょうか?
鬼束:はい。いや、もうお好みで。でも、自分でもすごくいい曲だと思います。映画を見て改めてそう思ったんですよね。
■映画「ラストゲーム 最後の早慶戦」の主題歌になるという話は、あとから決まったんですよね? 映画にあわせて曲を書いたわけじゃなく。
鬼束:うん。めったにそういうことはしないですね。
■どうでした? 映画で流れるのを自分で見て。
鬼束:“いいのかなあ?”と思いますよね。この映画ってひねらずに、ズンと心に入ってくるんです。それがすごく感動的で。
■『蛍』というモチーフはどこから?
鬼束:たぶん私の中では比喩(ひゆ)なんですよね。だから「蛍」って歌ってるんですけど、実は蛍じゃないかもしれない。よくわかんないけど。なんかわかります?
■たぶん。個人的には蛍のはかなさみたいなものを強く感じたんですが。
鬼束:でも私、まず蛍の生態系を知らないんですよ。見たこともないし。虫が嫌いなんです。
■じゃあどうして蛍なんですか?
鬼束:だからほんとに比喩(ひゆ)ですね。なんていうか「北の国から」的な感じで。
■いや、「北の国から」の「蛍」は人の名前ですからね(笑)。
■秋からは6年ぶりの全国ツアーが始まりますが、楽しみですか? それとも不安?
鬼束:不安。
■ツアーの内容は、どんな感じになりそうですか?
鬼束:例えば(4月の)オーチャードホールは一言もしゃべんなかったりとかしたけど。今回はいろんな意味で楽しみにしてほしいですね。楽しいライブになるんじゃないかな。たぶんそれも私がデビューして初だと思いますね。
■楽しいライブが?
鬼束:とか言いつつ『月光』とか歌っちゃうんですけどね。でも今度は体を揺らすことができるんじゃないかな。
■ツアーではこれまでと違う鬼束ちひろが見れそうですね。でもアルバム出して、シングル出して、フェスに出てツアーもやって、というのは鬼束さん的にはかなりアクティブですよね。
鬼束:途中で死ぬんじゃないかな。
■今後はこういうペースで、どんどんやっていくつもりですか?
鬼束:でもあんまりガンガン背中押されるようだったら、逃げる。
■(笑)。じゃあ鬼束さん自身はそんなに生き急いでいる感じではないんですね?
鬼束:いや、がんばりたいとは思うけど。今は昔に比べて俯瞰(ふかん)して見られるようになってきた感じはある。曲を書くペースはちょっと落ちてきたんですよね。ほんとに自分がこれだ、と思わないと書かない、みたいな。
■じゃあ逆に言えばスローペースながらも、曲はできてるということなんですね。
鬼束:うん。できないときは、くりばっかり食べる。
■くり?
鬼束:くり。天津甘ぐり。
■くり食べながら畳の目を数えてる人ってけっこう危ない気がするんですが。
鬼束:これ絶対書いておいてくださいね。「畳&くり」って、これ見出しね(笑)。
■(笑)。でも正直言って復帰後ここまで順調なペースで活動してくれるとは思っていませんでした。
鬼束:私が自分で言うのもなんなんだけど、なるようになる、と。書くときは書くし、歌うときは歌うし。
■じゃあ今後はがっつかずにマイペースでいく感じでしょうかね。
鬼束:いや、がっついていきますよ(笑)。
■いやいや(笑)、倒れない程度にお願いできたら。
鬼束:音楽界のボクサーとか言われてますからね。
■言われてないです(笑)。
鬼束:音楽界のタイキック。
■言われてないですよね(笑)。
(インタビュー・文 / 大山卓也)
記事元リンク
http://magazine.music.yahoo.co.jp/spt/20080808_001/interview_003