漫画喫茶 裏事情

安息の地か、魔窟か ネットカフェの危うい最新事情
07/05/30 東洋経済オンライン


漫画喫茶にゲームやインターネットを複合したネットカフェ。ニュースでその名を聞く機会も増えた。大阪府警は立ち入り検査を実施。厚生労働省は「難民」の実態調査に乗り出す。知られざる業界の内幕を追った。(『週刊東洋経済』2007年6月2日号より)

 東京・歌舞伎町。ネオンが妖しくともる繁華街に、ひときわ異彩を放つ店がある。魚のマンボーをキャラクター化した看板が、いやが応でも行き交う人の目を引く。「まんが喫茶MANBOO!(マンボー)」。ネットカフェの大手である。

 5月中旬の夜9時ごろ。店内には、じゃれ合いながら入店の手続きをする若いカップルの姿が複数あった。「どのタイプにしますか」。20代とおぼしき店員に尋ねられ、3時間パックで900円のコースを選んだ。

 客室のある2階フロアはほの暗く、細い通路を挟んだ両側には10以上の個室が並ぶ。内部は2畳ほどの広さ。リクライニングチェアとパソコンが置かれていた。フラットベッドタイプの部屋もあるそうだ。

 各個室の上部は吹き抜けになっているが、扉を閉めてロックしてしまえば、密室に近い状態になる。利用客はここで、“自由空間”を手にする。隣の個室から若い男性の声がかすかに聞こえてきた。どうやら“出会い系”に電話をしているようだ。

 「難民」の避難場所か それとも犯罪の温床か

 「契約更新のおカネを貯金することができず、アパートを出ざるをえなかった」(24歳男性)――。 労働組合首都圏青年ユニオンなどは今春、ネットカフェに寝泊りをする、いわゆる「ネットカフェ難民」の実態調査を行った。首都圏を中心に大阪、福岡など19地域、34店舗で調査を実施した結果、26もの店舗で、長期にわたって寝泊りする利用客がいることが判明した。驚くことに3年もの間、各地を渡り歩く例もあったという。

 「ネットカフェ難民」が生まれた背景には、やはり格差問題が横たわっているようだ。

 彼らの多くは、賃金の安い日雇い労働者。路上で寝泊りするホームレスではないが、定住場所を持てない「半ホームレス」だ。アパートなどに入れないのは、家賃が払えないためではない。敷金・礼金など入居時のまとまった資金が用意できないからだ。ネットカフェなら、一晩1500円程度を払えば夜露を避けることができる。シャワー設備もある。

 厚生労働省はこの問題を重視し、今年度中にも実態調査に乗り出すという。ただ、自立生活サポートセンター「もやい」の湯浅誠・事務局長は「政治に対する不信感は根強い。抜本的な対策を打つ姿勢を打ち出さなければ、十分な協力を得るのは難しいのではないか」と指摘する。

 ネットカフェに注目するのは、厚労省だけではない。

 福島県で17歳の男子高校生が母親を殺害し、頭部などを切断した凄惨な事件。高校生は犯行後、ネットカフェに立ち寄っていた。未明に未成年が利用しても怪しまれないのが、ネットカフェの特徴でもある。

 大阪府警は府内のネットカフェ全店に対し、一斉立ち入り検査を行うことを決めた。青少年の育成面で深刻な影響を与える悪質店の一掃を狙っていると見てよい。

 警察はネットカフェを「犯罪の温床」として注視している。2003年、ネットカフェのパソコンを悪用してインターネットに不正アクセスし、他人の銀行口座から多額のカネを詐取する事件が発生した。警察が05年中に認知した不正アクセス行為のうち未検挙のものは277件(06年5月時点)。実にその半分に当たる139件はネットカフェのパソコンを操作して行われたものだった。

 誰もが「匿名」でインターネットを利用できるネットカフェのずさんな管理が犯罪の背景と考える警察は、業界に対して受け付け時の本人確認の徹底を要請している。

 これに対し、有力チェーンで組織される日本複合カフェ協会は、「原則として、全店にユーザーの会員制を採用することを指導している」(若松修顧問)と、業界を覆う不透明感の払拭に懸命だ。とはいえ、零細企業が群雄割拠する業界で、協会加盟は全店の約4割程度。非加盟店は協会の指導に平然とソッポを向く。

 「アウトサイダー」――。警察や業界の関係者は、非加盟店を苦々しくそう呼ぶ。冒頭のマンボーは、その代表的存在である。

テレクラ手法を採用 風営法抵触の疑いも
 
 マンボーの大株主とみられる森下景一氏は、海千山千の強者がそろう歌舞伎町でも一目置かれる存在だ。質問状に対し、マンボーは「森下氏とは関係がない」と回答する。法人登記簿によれば、森下氏は04年3月まで代表取締役を務めていた。その後、05年1月までは森下氏の親族とみられる女性が代表だった。 現在56歳の森下氏はグループの新宿ソフトを通じて、テレホンクラブ「リンリンハウス」やビデオボックス「金太郎」「花太郎」なども経営、「風俗王」とも呼ばれる。昨年3月24日には、もぐりのファッションヘルスの経営に関与していたとして、懲役6月の実刑判決が東京地裁で下されている。

 ホストクラブ勤務などを経て独立した森下氏の転機は1980年代後半。「リンリンハウス」を立ち上げ、当時流行の兆しがあったテレホンクラブ市場に参入した。他店の半額以下の低料金という価格破壊で市場を席巻。瞬く間に、全国チェーンに発展させた手腕の持ち主だ。

 森下氏はリンリンハウスの手法を、漫画喫茶でも応用した。97年に立ち上げたマンボーでは、深夜パック(5時間)で約1200円などの低料金を打ち出す。この低価格を武器に、関東を中心にチェーン店を張り巡らせた。06年6月期の売上高は、前期に比べ7割近い伸びで68億円を突破した(調査会社調べ)。

 マンボーには、意外な企業との接点もある。

 中古不動産の改装・販売を主力とするクレディセゾンの子会社、アトリウム(東証1部上場)。同社は森下景一氏の自宅(親族とみられる明子氏名義)に、1億8000万円の抵当権を設定している(債務者はマンボー)。アトリウムは「金融機関の融資保証事業を展開しており、本件はその案件の一つ。直接の融資は行っていない」としている。

 もう一つ興味深いのはマンボーの統括事務所が入居する新宿区のビル。底地の一部を所有するのは資産管理会社「川崎定徳」だ。同社は旧住友銀行が旧平和相互銀行を吸収合併する際に、重要な役割を果たした。当時の佐藤茂社長は「最後のフィクサー」として知られる人物だ。

 一方でマンボーは店舗運営において、問題点が少なくない。業界関係者が指摘する問題は大きく二つ。

 一つ目は、設置された個室が密室に近い状態であることだ。 
 風営法風俗営業等の規制及び業務の最適化等に関する法律)第2条には次のような規定がある。「喫茶店、バー、その他設備を設けて客に飲食をさせる営業で、他から見通すことが困難であり、かつ、その広さが5平方メートル以下である客席を設けて営むもの」。

 マンボーは店内で、ジュースなどの飲料を無料で提供。レーズンパンなどの食べ物も販売している。警察関係者は個人的見解と前置きしたうえで、「店舗の構造は(風営法上)問題がある」と指摘する。

 二つ目の問題点は「匿名性」だ。受け付け時に本人確認はない。記者が入店した都内の2店舗でも、身分証明書の提示は求められなかった。

 これらについてマンボーに質問書を送ったが、明確な回答はなかった。

熾烈さ増す価格競争 上場取り下げの企業も

 マンボーの“価格破壊”が業界に変革をもたらしたことは確かだ。 深夜の売り上げが大きいことに気づいた各社は、「ナイトパック」などの割安価格を打ち出した。東京・蒲田にある「まんが ネット 喫茶いちご」は1時間100円、8時間寝泊りしても800円という超低価格を打ち出した。

 しかし、このような低価格を疑問視する向きもある。業界最大手、ランシステムの奥村国央取締役は「採算に合わないだろう」と見る。平均的な150坪程度の店舗の場合、1時間400〜500円の料金で、1日200人もの利用客をこなして、ようやく月々のランニングコストが賄える収益構造だという。

 価格競争だけではない。業界を取り巻く環境は厳しさを増している。

 日本複合カフェ協会によると、現在の市場規模は1971億円。10年後には2倍の4000億円になると予測する。だが、ここに来て新規事業者が続々と参入。紳士服大手「AOKIホールディングス」から分社独立したヴァリックが展開する「快活CLUB」、居酒屋「白木屋」を経営するモンテローザの「wip(ワイプ)」など異業種からの参戦もあり、競争は激化する一方だ。

 出店先の確保も容易ではない。外食産業などに活気が出始めたことを背景に、首都圏では好立地の駅前商業ビルが取り合いになっている。

 この影響をまともに受けたのが、「コミックバスター」を展開するアクロス(大阪府吹田市)である。今年1月に名証セントレックス上場を承認されたが、直後に上場を取り下げた。原田健一社長は「昨年12月の時点で、60店舗のオープン契約残があったが、都内で開店用物件の入手が困難だった」と事情を打ち明ける。業績を下方修正する可能性が出たため、上場を断念したという。

 ネットカフェ各社は、生き残りに懸命だ。ランシステムはメーカーとのタイアップによるパソコンのメンテナンス徹底や、ゲームコンテンツの充実で、利用客の囲い込みを図る。大手のアプレシオは清潔感が漂う店舗を展開、女性客の獲得を狙う。

 コミック卸最大手「春うららかな書房」の道下昌亮社長は、業界の現状について「ビデオレンタルやカラオケ業界と同じ道を歩んでいる」と見ている。これらの業界は、サバイバルゲームを繰り広げた後に誕生したガリバー企業が、健康的なイメージを世間に浸透させた。ネットカフェ業界にも「TSUTAYA」や「シダックス」のようなチェーンが誕生するのか。まずは業界を覆うもやを払わなければならない。


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